ホノルル点描
第 42 回 : インドの寺院をモデルにした「曹洞宗ハワイ別院正法寺」

画: 西川幸夫

 

 
ヌアヌ通りの在日本国総領事館の海側にある「曹洞宗ハワイ別院正法寺」の歴史は、今から百年以上前にさかのぼる。
 
一九〇三年(明治三十六年)、砂糖耕地で働く日系一世の人を援助するために、日本から曹洞宗の僧侶、菅良雲師と河原仙英師がハワイに訪れ、菅師がカウアイ島に布教所を設立し、河原師がワイパフに仮布教所を設立した。
 
一九一三年には、ホノルルのホール通りに「曹洞宗両大本山仮別院」を設立し、入 仏式の後、一九二一年に正式に「ハワイ別院」として認証された。 一九三二年には、付属の日本語学校として和敬学園を創設した。
 
一九三四年に、ヌアヌ通り(現在の場所)に二エーカーの敷地を購入し、別院新本堂建立の準備を始めたが、一九四一年十二月七日の日米開戦により、布教活動は全て中止された。
 
終戦後、ハワイの日系社会は大きく変貌し、一世よりハワイ生まれの二世の時代になり、戦前まで温存されていた日本の生活様式が次第にアメリカ化し始めた。 この変化に対応するために、当時別院の住職だった駒形善教師が、これまでの日本式の寺院ではなく、国際化社会に対応する本堂を建設する方針を打ち出した。
 
一九五二年、釈迦の生誕地であるインドのブッダガヤの大塔を模した塔を中央に配し、洋式の寺院内装と設備を完備した現在の寺院が完成した。 設立当時は、ホノルルでも異彩を放つ建物として名所となり、しばらく本土からの観光客をはじめ、来訪者が絶えなかったという。 週末には、日系二世の仏式結婚式が行われ、一九八〇年代後半までに五百組以上の挙式が行われた。
 
日本語学校としての和敬学園は一九九〇年になくなり、以後は「曹洞アカデミー」という英語の小学校になっている。
 
文:榊原 百合惠
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