ホノルル点描
第 24 回 : 日本への送金で賑わった元「横浜正金銀行」ビル

画: 西川幸夫

 

 
横浜正金銀行の始まりは、一八五九年に締結された日米修好通商条約にさかのぼる。 条約により五つの港が開港され、
横浜が江戸に最も近い貿易港となった。 開国した ばかりの日本は、外国商人との金融取引、貨幣の違いに戸惑った。
取引を円滑にするため、貿易金融機関と現金(当時の言葉で「正金」の必要性が高まり、福沢諭吉 や大隈重信大蔵卿
支援の元、一八七九年に国立銀行・横浜正金銀行が設立された。 横浜正金銀行は間もなく外国貿易関係を専門とす
る特殊銀行となり、海外へ積極的 に支点を広げるようになった。
 
横浜正金銀行がハワイ支店を設立したのは一九一〇年のこと。ホノルル・ダウンタ ウンの中心、ベセル街とマーチャント街
角に同行が自社屋として建設したもので、ベースメントのある地上二階建、当時としては石造りの堂々たる建物だった。 建
築費は当時の金で十六万ドル。 店内は日本への送金の唯一の機関として終日賑わった。 が、太平洋戦争が勃発し、日
本の横浜正金銀行が日本軍の勢力圏内での金融の中心となっていく一方で、横浜正金銀行ハワイ支店は敵性機関として
アメリカ外国人管理局により没収されてしまう。 戦争中、ビルの一階は押収した私有財産の倉庫として使われ、地下は酔っ
払った軍人の収容所として利用された。
 
戦後、日本の横浜正金銀行はGHQの司令により解体され、東京銀行として再スタ ートした。 一九九六年には三菱銀行
と合併し、東京三菱銀行となった。 一方ハワイの横浜正金銀行ビルは、政府からシティ・リアリティに売却され、それ以降は
オフィスとして使われた。 八〇年代に二階を増築し、過去二十年間の主なテナントはコ ロニー・リゾートやホノルルマガジン
であったが、現在は新しいテナントを待っている状態である。
 
文:阿部 道子
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