ホノルル点描
第 23 回 : ワイキキの中心にある土産品広場
                「インターナショナル・マーケット・プレイス」

画: 西川幸夫

 

 
ワイキキ地区は何世紀にも亘りその土地に君臨する首長たちの楽園であり、王朝時 代はロイヤルファミリーの住み
処であった。 一八四八年に私有地所有権制度がハワイで施行されたとき、外部から来た人々が次々にワイキキ
の土地を買い占めていった。 インターナショナル・マーケット・プレイスの地はカルアオカウと呼ばれていたところだが、
この地を購入したのはニュージーランド出身のヘンリー、エリザ・マクファーレン夫妻であった。夫妻が中央附近にある
巨大なバニヤンの木を植えた。
 
マクファーレン一家がこの地を手放した後、ウィリアム・ルナリロ王の手に渡った。 ルナリロ王はカメハメハ一世の甥で
あり、ハワイ王国で初めて選出された王である。 ルナリロ王の統治は非常に短く、次の王位継承者を指名する前に
王は結核で逝去してしまった。 ルナリロ王にはカメハメハ四世の未亡人、エマ女王との逸話がある。王は エマ女王
を王位継承者と願っただけでなく、実はエマ女王との結婚も考えたこともあっ た。 ルナリロ王が逝去した時、王の財
産のほとんどはハワイアン高齢者のための施設のために売られたが、ワイキキの土地はそのエマ女王に遺贈された。
 
エマ女王はその熱心なチャリティー活動で知られている。女王は外国人が持ち込んだ疫病のために激減するハワイ
アンのために自ら募金活動を行い、現在のクイーンズホスピタルを建てたことでも有名である。エマ女王が逝去した
際に、この地を含む彼女の土地保有財産は財団に受け継がれ、クイーンズホスピタル運営のために使われた。
 
この地はその後様々な目的で使われたが、一九五五年、実業家のドン・ザ・ビーチコマのアイディアによりワイキキヴ
ィレッジが造られた。 それが現在のインターナショナル・マーケット・プレイスの前身となった。ワイキキ中心に位置す
るこのインターナショナル・マーケット・プレイスは、アート、工芸品などの百三十ものお土産もの屋台、レストランやエ
ンターテイメントがあり、連日観光客で賑わっている。
 
文:阿部 道子
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