ホノルル点描
第 7 回 : アメリカ唯一の宮殿 「イオラニ パレス」

画: 西川幸夫

 

 
イオラニ宮殿はハワイ王朝七代目の王様  カラカウア王の命により建てられた瀟洒 な公邸で、一八八二年(明治十
五年)の完成から王朝転覆の一八九三年まで十一年間その栄華を誇りました。 アメリカンフローレンス様式と呼ば
れる美しい建物は当時新進気鋭の建築家達のアイデアを融合し、最新鋭の技術を採り入れた新しい宮殿として世
界の注目を集めたそうです。
 
宮殿の一階部分は公式行事に使われる部屋で構成され、二階部分には王様の執務室のほか客間や寝室等の私
室を配し、地階には執事部屋や厨房に納戸等も整えられ、たい へん機能的なつくりとなっていました。 また最上階
の広い屋根裏部屋は、階下の室温 を涼しく保つための役割も果たしました。
 
一八九三年、兄カラカウア王亡き後を継いでまだ日の浅いリリウオカラニ女王は、白人勢力の台頭を食止め王国の
安定を願いましたが、思い叶わず王権放棄を強いられ、 ハワイ王国は終焉の時を迎えます。 太平洋の真ん中で、
二転三転 した政権交代劇と時代の波に翻弄されたハワイ諸島の運命と共に、イオラニ宮殿も波乱の道を辿りました。
 
ハワイが一九五九年アメリカ合衆国の第五十番目の州となり、新しい州政庁が建てられるまでの間約七十五年に亘
り、議事堂や行政事務所として使われてきたのです。 その後 一九六九年に行政部が新政庁へ移転した後、その役
目を終えたイオラニ宮殿は明け渡され、約十年の歳月をかけた修復作業を経て、立派な歴史博物館へと姿を変えた
のです。 現在は非営利団体〈フレンズ・オブ・イオラニパレス〉の運営によりたくさんのボランティアの手で護られ、その名
「天空の鷹」が示す通りの美しさを世界中から訪れる人々に誇っています。
 
大広間:
エッチングの施された玄関ドアから中の大広間に入ると、目前に木目の美しいハワイ原産の木コア材でできた大階段
が二階へと続いているのが見えます。 そして両側の高い壁 にはカメハメハ大王をはじめとする歴代の王や王妃達の
肖像画が掛けられ、広い空間にその威容を誇っています。 宮殿の建築中に国家元首としては世界初の偉業となった
世界一周旅行に出たカラカウア王は、各国よりたくさんのお土産の品を持ち帰り、壁の飾り棚にその一部を置いて美
しさに華を添えました。 この中には明治天皇より贈られた菊の御紋章入り有田焼の壺や、繊細な絵柄の七宝の壺も
あり必見です。
 
応接室:
「青の間」とも呼ばれた小さな応接間は、リリウオカラニ女王のお好みであったロココ 復古調の家具が品良く誂えられ
、お茶会や音楽会など多目的に使われた様子がうかがえ ます。 カラカウア王をはじめリリウオカラニ女王とドミニス殿
下、英国のヴィクトリア女王や仏国のルイフィリップ国王の肖像画が飾られたこの部屋は、王朝転覆の折、リリ ウオカ
ラニ女王が王位を退く決断を下した歴史的にたいへん重要な部屋でもあります。 そして食事の会に招かれた客はここ
でひと休みをして、既にその日のためだけに決められていた同席の相手と共に、大きなコア材の引戸が両脇に開かれ
るなか、正餐室へと進みました。
  
正餐室:
青の間とはうって変わって重厚な雰囲気の正食堂では、国内外から様々な賓客が招待さ れ、長い時間をかけてフル
コースの美味しい料理を楽しみました。 フランス製の食器や銀器、ボヘミアングラスと呼ばれるチェコ製のクリスタル
グラスに注がれる豊富なワインなど、一流の客に相応しいもてなしを心掛けたカラカウア王は、テーブルの中央に自分
の椅子を置き、会話を楽しみながら世界の情報収集にも余念がなかったようです。 青の間と同様この部屋にもカメハ
メハ三世、四世の時代に英、仏、独、露国などから贈られた各国君主の肖像画が飾られており、当時から大国と対等
に外交していたことがわかります。
 
この部屋に代表される重厚なゴシック復古調の家具は、カラカウア王が新しい宮殿のためにと特別注文したボストン
のAHダヴェンポート社製です。 部屋のすぐ外には配膳室 と、階下の厨房から料理を運ぶ手動式のエレヴェーター、
また当時画期的だった水洗トイレが設置されています。
 
二階広間:
二階中央部の広間は当時は居間として使われました。 王族の方々がカラカウア王やリリウオカラニ女王を頻繁に訪
ね、貴重な鳥の羽でできたマントや毛槍、珍しいハワイの工芸品の数々が飾られたこの場所で親しい食事会が開か
れたそうです。 当時はホノルル港 がすぐ目の前でしたから、南向きのヴェランダに出て港を行き交う船を眺めながら
楽しいひと時を過ごされたことでしょう。 広間を挟んで両側に三部屋ずつ配されていたこの階は、西欧の宮殿に倣い
片側を王様用、もう一方を王妃用と分けて使用したそうです。
 
国王寝室:
王様側の山向きの部屋は寝室だった所で、カラカウア王自身が撮影した貴重な内装写真を見ると、ヴィクトリア朝様
式に誂えた当時の様子がよくわかります。 英国ミントン窯焼成による「プロメテウスの壺」や当時流行のスタイルだっ
た寄木模様の折畳み式カード机、シノワズリーをあしらったサロン机などが写真と同じ場所に今も残されています。 
居心地良いこの部屋のクイーンサイズベッドでおやすみになった王様を、朝起こす係が居たそうです。
 
キリスト教が伝来するまで文字のなかったハワイでは、口承文化が代々受け継がれてきました。 そして神の末裔で
あると考えられた王家の家系図は、名前の歌という形で詠唱になって残されたのです。 世襲制の係がこの歌を詠い
ながらカーテンと鎧戸を開けると、部屋がすっかり明るくなる頃に気持ち良くお目覚めいただけるという寸法です。 次
に王様は身支度を整え隣の執務室へと向ったことでしょう。
 
執務室:
ライブラリーと呼ばれていたこの部屋の中央には大きな執務机が置かれ、読書家であった王様の膨大な蔵書の一部
が棚の至る所に並んでいます。 その中にはご自身で著された 「ハワイの神話と伝説」という本もあります。 机上には
諸外国の大統領や国王との間で交わされた書簡の写し、ウェブスター社初版の辞書、世界地図やインク壷なども置
かれ、公務に励まれた様子が見てとれます。 英語が堪能な上、他にも数か国語に通じていたという記録があり、有
能な王様であったことは間違いありません。
 
またこの部屋には当時の最先端といえる文明の利器・電灯や電話がいち早く採り入れられました。 世界旅行の途中
立寄ったパリの万国博覧会で、エジソン発明による電球の展示に出会ったカラカウア王は、イオラニ宮殿を世界に先
駆けて昼間のように明るく照らしたのでした。
 
音楽室:
海側のもう一部屋は「金の間」の呼称通り、家具に誂えられた金色の生地が日差しに映 える明るい部屋でした。 ピア
ノやギター、ハープなどの楽器に囲まれ流行のクラシック音楽やオペラを楽しまれたり、楽才を発揮され作詞作曲に勤
しまれたりと、カラカウア王家は音楽一家としても有名だったのです。 特にリリウオカラニ女王は「アロハオエ」 をはじめ
百数十曲の作品を遺されました。
 
この部屋には音楽と縁の深いフラダンスを踊る女性達を写した珍しい写真があります。 本来神に捧げる神聖な踊りで
あったフラは、一八二〇年代にやって来た宣教師達により 「淫らな踊り」と烙印を押され、数十年の間人前で踊られる
ことはありませんでした。  しかしカラカウア王は先取の気鋭と共に伝統文化の継承にも力を入れた王様で、自身の誕
生会の場でフラを所望しその復活に貢献したのです。 写真はその時の貴重な瞬間です。
 
幽閉の間:
広間を挟んで反対の部屋は元は二間続きの客間で、銅製の深い浴槽とシャワー付きの豪 華な浴室が復元されてい
ます。 しかし現在幽閉の間として当時を再現したこの部屋には、必要最低限の粗末な家具のみが置かれ物悲しい
雰囲気です。 王朝崩壊の二年後一八九五 年にリリウオカラニの復位を願う者達の反乱が起き、関与の疑いから国
家反逆罪に問われた彼女は、結果的にこの部屋で約八か月間の監禁生活を強いられたのでした。
 
大きなケースに展示されたパッチワークキルトは、その時に彼女が手慰みに作り始めたもので、ドレスの端切れ等が
様々な形で縫い合わされたクレイジーキルトの手法に加え、 たくさんのハワイらしいモチーフが刺繍されています。
 
王妃寝室:
王様の寝室と広間を挟んで向い合うカピオラニ王妃の寝室は、趣味の良さが表れた気品 ある部屋です。 中国絹の
深紅のベッドカバーに刺繍された王妃の御印には、彼女のモッ トーも縫い込まれています。 お子様に恵まれなかっ
た王妃は母体と乳幼児の保護を目標 に産院の設立を願われ、「最善を尽くす」というその言葉が示す通りに実現した
産院は現在もカピオラニ病院と呼ばれ、産婦人科と小児科の最先端治療で知られた総合病院へと発展しています。
 
物静かな王妃は義妹リリウオカラニを伴い、国王の名代として友好関係にあった英国ヴィクトリア女王の戴冠五十周
年記念式典へ参列されました。 その時ロンドンで撮影された写真には、孔雀の羽根をふんだんに縫い付けた豪華な
ドレスに身を包むカピオラニ王妃と、ダイヤ を散りばめた蝶の形のブローチを髪に飾った王女時代のリリウオカラニが
美しく微笑んでいます。 そしてこの部屋にはもう一つ菊の御紋章を戴いた青銅の壺が飾 られていますが、日本でも
数少ない珍しい品だそうです。
 
王座の間:
謁見などの公式行事や華やかな舞踏会が催されたこの部屋は、床一面に敷かれた絨毯やカ ーテンの色調から「赤
の間」とも呼ばれています。 美しく復元された他の家具と比較して王座の特に生地張り部分が見劣りするのは、今も
亡き王の魂が宿るとの考え方から当時のまま手を付けずに保存されているためです。 天井から下がる米国製クリス
タルシャンデリアは当初ガス灯だったものが、宮殿の電化の際に電灯に変わり今に至っています。
 
香り高い花や緑で飾られた部屋に三々五々集まってきた招待客は、皆きらびやかな衣装に身を包みワルツやポルカ
に合わせて踊り興じます。 夜九時から始まり真夜中の夜食をいただいた後、会は明け方まで続くこともありました。 
馬車に揺られて家路につく人々は皆、 宮殿での楽しいひと時を思い出しながら夢心地だったことでしょう。
 
 
宮殿の地階に新しく設けられたギャラリーは、ドーセントの案内なしでも見学できるスペースとして時間のない方にも
好評をいただいています。 忠実に再現された執事の部屋や厨房を見ながら当時の人々の仕事振りを想像してみて
下さい。 写真ギャラリーではファッションを見比べたり、景色の違いを発見する楽しみもあります。 ハワイらしいデザ
インも盛 り込まれた王冠や美しい輝きを放つ宝飾品、またカラカウア王ご自慢の勲章の数々にはきっと目を奪われ
ることでしょう。
 
しかし一番の見所は古代の王位の象徴類が飾られた部屋です。 カメハメハ大王が所有していた黄色と赤の羽根で
できたマントは、数百年の時を経た今も見る者を圧倒し続けています。 日本の毛槍とよく似たカヒリや王族の女性達
の胸元を飾ったレイ、儀式用の大太鼓など、ここにある品々には今なお「マナ」と呼ばれる神聖な力が宿り、神々の
時代から綿々と続くハワイの歴史の存在感を我々見る者に訴えかけます。
 
文: 雪子 クルシアナ
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